2016/8/15から8/16にかけて盛岡から青森まで、軽自動車(カメムシ号)で一気に旅をしました。 # #は、右端の追加変更行 奥州街道は、以下の街道を総称しているようです。
(1)江戸(日本橋)〜宇都宮(日光) →日光街道 (2)宇都宮〜白河 →奥州街道 (3)白河〜仙台 → 仙台道
(4)仙台〜盛岡 → 盛岡道 (5)盛岡〜青森 → 松前道(ここでは奥州街道という) ★★★ 日本橋から北海道の函館宿までいれると114の宿場町があります。(740km) その中で、私は、松前道(まつまえどう)を旅します。 距離にして209Kmです。宿場町にして14宿場町です。 東海道五十三次に比べると半分ぐらいの距離になりますが、土地勘などなくまた雪が多いので苦労しそうです。
盛岡市は、岩手山の麓、人口は、約30万人 「不来方(こずかた)」と呼ばれた土地に盛岡城が苔むした立派な石垣のお城が残っています。
また石川啄木がこよなく愛した盛岡城。 1590年 南部信直(のぶなお) (南部藩初代)が豊臣秀吉から南部7郡の領地を安堵され、翌年には、一族の反乱(九戸政実まさざね)の乱を鎮め南部藩に平和が訪れ、盛岡城下町が栄えていきます。 しかし、明治維新の時代に南部藩は、幕府側に属して敗北となります。ちなみに津軽藩は、新政府側につきました。このあたりもあり、津軽と南部は、仲が悪いとのうわさのしれません。盛岡城は、新政府によって取り壊しされ、岩手公園として立派な石垣を残すだけになりました。 盛岡駅からIGR いわて銀河鉄道の厨川駅で終了。約4Kmで終了。
本日は、14:00に判断。これを逃すと吹雪と、山道で三沢に帰ることが不可能になるかも.... 行き 三沢ー八戸間 570円 八戸-盛岡間 1660円(乗車券) 1840円(特急券 ローソンコーヒー 0円(JALの航空券の村の無料券) 天ぷらそば 870円 市内循環バス 100円 厨川ー八戸 2760円 八戸ー三沢 570円 合計 8,370円 次回は、雪がなくなるころです。 (雪の中は、さびしく不安になってきて懲り懲りしました) |
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(1)三沢市のアパート前の公園 8:00 前日は、26時まで、K田君、T君と仕事で遅くなり、2時間ほど飲み会。頑張って起床。 8:30 三沢をのアパートを出発して、三沢駅まで歩く。十和田に向けて出発 前日から、雪が降っていたので半分二日酔いで寝不足の朝を迎えました。 |
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(2)青い森鉄道の路線図 9:15 三沢駅から八戸駅に出発。青い森鉄道に乗る。570円 三沢駅は、1時間に3本ぐらいの電車しかありません。 青い森鉄道は、平成14年にJRから移管された鉄道です。 東北新幹線と並行する路線は、JRから経営を切り離す前提で新幹線の開発が行われています。(国と青森県の約束) |
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(3)JR八戸駅 9:40 八戸駅に到着。 ローソンのコーヒーで一息つく。 JR八戸駅と本八戸駅があり、昼も夜も栄えているのは、本八戸駅です。 八戸駅の新幹線の本数は、1時間に1本です。 驚き!!!!!! |
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(4)盛岡駅の東京よりにはやぶさが待っています。 10:16 八戸駅から、東京行きの「はやぶさ」に乗って、隣駅の盛岡駅に到着。乗車券:1660円、 特急券:1840円 10:46 盛岡駅に到着。 盛岡駅で、青森方面の「はやぶさ」号と秋田方面の「こまち」が合体して、東京に向います。 |
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(5)向こうから「こまち」号がやってくる |
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(6)合体の瞬間 この写真の周りには、10人ぐらいの鉄ちゃんと場所取りで争いました。 |
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(7)盛岡駅 駅前のロータリー 11:00 盛岡駅から市内循環バスで、盛岡城入口で降りる。 料金:100円 |
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(8)盛岡城 |
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(9)盛岡城の石垣 このような石垣が、10か所ぐらいあります。 |
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(10)「東屋」のメニュー 12:00 弘前城の近くの「東家」でわんこそばを食べようとしたが、2700円でした。ちょっとびびり、 天ぷらそばに変更 18.7Km先の渋民宿を目指して歩き始めました。 |
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(11)「東屋」 天ぷらそば 味ですか?? それほどおいしくなかった。 普通です。 |
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(12)中津川 やはり川べりは、落ち着きます。 |
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(13)北上川を越えます 見どころがあまりない。 そろそろ天気が曇りになってきて寒い。 手袋がないと寒い。 マフラーをあかづきんちゃんかぶりにして歩きました。歩いている最中は、人がいません。車は、通りますが.... |
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(13)厨川駅(くりやがわ) IGR いわて銀河鉄道 14:00 天気が怪しくなってきた。 雪になり吹雪になってきました。 足も痛くなってきたし、吹雪なので歩くのは、やめよう!! 帰る計画を一人で練る。 厨川駅 ..... |
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(1)盛岡駅 前回の出発点 ..... |
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(2)もりおか歴史文化館 |
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(3)啄木・賢治青春館 入場料無料 |
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(4)厨川駅 前回の終了した駅。 今回の出発点まで、到着。12:00 やっと前回のところまできた。 盛岡で説明員さんの話に聞き入ってしまった。 |
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(5)渋民駅 周りは、なにもない。 まったくの無人駅。 想像はしていたが、本当になにもない。 |
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(1)好摩駅(こうま) これまた、なにもない。 この近くに沼宮内城跡があるはずなのに見当たらない。 あきらめて次に行く。 |
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(2)昼ごはん いわて銀河鉄道 岩手川口駅の近く 国道4号線にあり、入ってみました。 (おいしい店を見つけました。今まで食べたターメンの中で一番おいしいかも) |
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(3)「米沢ワンタン麺」 780円 メインは、米沢ラーメンでしたが、ワンタンがおいしそうでしたので頼んでみました。 鶏ガラスープでこくがあり、最近では一番おいしいラーメンでした。 |
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(4)御堂観音 北上川の源泉です。 お寺は、荒れており、寂しい。木は生い茂っているが蝉の鳴き声がしない。 夏が短いため、あまりいないのかな〜 |
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(1)一戸駅 工事中。 ミニストップが中にあるだけ。 |
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(2)一戸駅の時刻表 1時間に1本 |
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(1)九戸城跡 豊臣秀吉は最後まで服属を拒否していた 小田原の北条氏を滅亡させ、奥羽仕置(おううしおき=奥羽の諸大名の成敗を行います。 南部信直の家臣(一族)の九戸政実が叛旗を翻した。 中央の秀吉に取り入っていた南部信直に秀吉軍が、大軍を送って九戸城を落とした。 |
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(2)お城の地図 難攻不落の九戸城といわれている |
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(3)発掘調査中 |
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(4)イチノベパン 一戸にあるイチノベパン 気になって思わず写真だけ。 買って食べていないので味は不明。 |
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(1)金田一温泉郷 座敷わらしで有名な温泉です。 駅前で何もない。 タクシーが一台止まっているだけ。 |
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(1)三戸城跡 三戸城は、 南部信直が三戸城が領内の北端に偏在していたため、あらたに岩手郡不来方(盛岡城)に新城を築く間のお城です。 |
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(1)三戸城跡 資料館が、月曜日は、」休館日でした。 残念。 三戸城は、南部信直が三戸城が領内の北端に偏在していたため、あらたに岩手郡不来方(盛岡城)に新城を築く間のお城です。 |
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(1)高山峠の看板 奥州街道には、時々このような道しるべの看板があります。 東海道のような親切丁寧な看板ではありませんが.. まわりには、なにもなし。・・・・ |
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(1)奥州街道の石碑 奥州街道には、時々このような道しるべの石碑があります。たぶん7か所ぐらいあります。 だけど、近辺の地図を描いているわけでもなく絵わけでもなく不親切. まわりには、なにもなし。・・・・ |
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(1)奥州街道の石碑 なにもなし |
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(1)新渡戸記念館 新渡戸稲造は、有名ですが、稲造の御祖父さん 新渡戸傳(つとう)翁の記念館といっても過言ではない。 十和田市に奥入瀬川の水を引いて新田開拓を成し遂げました。 新渡戸傳(つとう)翁ー新渡戸十次郎ー新渡戸七郎 +(兄弟)新渡戸稲造。 今年に入って記念館が、耐震問題疑惑で裁判になっており、公には公開していませんが、お願いすれば見学可能です。 |
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(2)新渡戸記念館 新渡戸稲造のことば 「いそぐことなかれ、とどまることなかれ」 |
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(3)十和田市の美術 十和田市は、碁盤の目のように道が整備されています。(新渡戸傳(つとう)の尽力の結果) メイン通りの官庁街どおり(駒街道)の両脇の道には、美術品のオブジェがたくさん並んでいます。虫のオブジェです。 |
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(4)駒街道 十和田市は、軍馬の生産が盛んでした。 なので、馬をテーマにしたオブジェが多くありました。 また、町の中心にこのようなオブジェがあったので、芸術の街のにおいがしました。 この近くに、北里大学の獣医学部がありました。 動物を育てられる環境があるからかな! |
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(1)七戸城跡 七戸役場の裏の高台にあり、ながめが良いところに城跡があります。 公園になっており、何も残っていない状態 |
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(2)七戸城跡 せみの声がまったくない。 |
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(3)尾山茶屋の跡 歴史書を読んでいくと、この当たりに尾山茶屋があったらしい。 ちょうど、上北自動車学校の裏です。 |
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(4)奥州街道の今 奥州街道は、このような未整備の道が残っています。(これはこのままでよい) ちょっと不気味なのは、杉の木の根元に置いてある藁人形は?? |
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(5)藁人形 旅の無事を祈るための人形 それとも これ以上奥地に入るな!の警告?? 調べたら、青森では、「わら人形で家内安全 」を祈願する慣わしです。 十和田市の梅集落 と板ノ沢集落、田子町の飯豊集落で行っているそうです。 いかったいかった!! |
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(1)野辺地駅 野辺地は、立地的に古くから交通の要衝として発展してきましたが、特に延宝年間(1673〜1680)から明治の初年にかけて、豪商と呼ばれた地元の野村治三郎や野坂勘左衛門、さらには北陸の銭屋五兵衛などの千石船が往来し、日本海沿岸諸港並びに大阪、函館などと盛んに交易し、南部藩有数の商港として繁栄しました 仕事で、ちょいちょい利用する駅です、 |
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(2)野辺地八幡宮 野辺地は、8月20日に「野辺地祇園まつり」を行って来ました。(8月)千石船にて京都の文化が直接残っているため毎年行われます。 |
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(3)遠見番所跡 津軽藩の遠見番所跡です。 ここから、異国の船ロシアの船を見張っていました。 若き日の吉田松陰もここから海を見ていたのだろう |
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(4)常夜灯 昔の灯台。 24時間火を付けていたらしい。 |
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(5)戊辰戦争ー野辺地戦争 戊辰戦争で、野辺地を舞台にして、幕府軍の津軽藩と政府軍に寝返った津軽藩との戦闘がここで行われました。 戦闘の際に、津軽藩でなくなった人を、お墓に埋葬するため政府が立てました。 25名のお墓です。 墓石には、名前が刻んであります。 |
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(1)清水川駅 駅だけ 清水川駅がある平内町のこの辺りは ホタテ漁が盛んな地域なんです。 |
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(1)小湊駅 平内町歴史民俗資料館のすぐ先(北側)にある青い森鉄道の小湊駅です。 青森には、「史民俗資料館」という資料館の整備が素晴らしいが、内容が伴っていない。 |
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(2)浅虫温泉ー浅虫水族館 青い森鉄道の中で唯一人の出入りがおおいのが浅虫温泉駅です。 浅虫温泉駅から歩いて1分ぐらい。 浅虫水族館は、青森湾を望む本州最北端の水族館で、 開園は昭和58年(1983年)。 イルカショーが人気です。 入場料:1020円 |
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(3)ゴマフアザラシ 奥州街道の旅を忘れて、ゴマフアザラシのかわゆーいい動作で、いやされてしまった。 |
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(4)水中トンネル 珍しい魚は、それほどいなかったが、アジ、ホタテ、ほやなどの青森で有名な魚がいっぱいいます。 イカも泳いでいて、おいしそう。 |
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(5)イルカショー 8回/1日に行われるイルカショーです。 約30分ぐらい行われました。 開始20分ぐらい前に席取してよかった。開始時には、立ち見がでるほど混んでいました。 ひさしぶりのイルカでそれなりに楽しみました。、 やばいやばい、 イルカショーに時間を取られてはいけない、次の宿場町の青森に行かなくては... |
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(6)浅虫温泉 青森に生まれ世界の板画家となった棟方志功がいます。 浅虫温泉には、棟方が旅行にいった温泉宿「椿館」があります。ちょっと写真は今回とっていません。 |
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(1)あおもり 北のまほろば歴史館 「旧みちのく北方漁船博物館」が「あおもり 北のまほろば歴史館」となって平成26年にオープンしました。 入場料:300円 |
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(2)北前船 江戸時代、北方交易の中心として活躍した北前船 |
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(3)船(ムダマハギ) ムダマハギ型漁船という製法で作られています。 ムダマハギとは、2枚の刳り(くり)ぬいた木材(ブナ、カツラ、ヒバ、スギ等) を組み合わせてムダマと呼ばれる船底を作り、それに波よけの棚板をつけて作る船で 、刳り抜きの船底が厚く丈夫であるため荒磯に耐え、重いため波に流されず安定し、 磯漁に使いよいといわれている。 |
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(4)青森市を北のほうから見る 青森市を「あおもり 北のまほろば歴史館」の展望台から見る景観図 青森港とアウガ、八甲田丸が一望できます。 ちょっと天気が悪いのですが.... |
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(5)中華そば「一藤」 ばったり、入ってしまいました。 |
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(5)濃口煮干しラーメン 650円 ライス無料とあるので、ついついライス小を頼んでしまいました。 |